最古の東路と知られ、東海道が整備されるまで、千余年の長い間、都と東国を結ぶ重要な官道の峠路でした。
この峠路は万葉歌三首をはじめ、源氏物語、あづまの道記などに記されています。
また、手児の呼坂は古くは防人の道、平安末期の富士川の戦、戦国時代の小田原征伐などの際にも往来した軍事上の要路でした。
このように文学の道、兵馬の道ともなった峠道です。
手児の呼坂